雑談(トゥルーピーポー)
2025.4.17のnoteより
トゥルーピーポーさようなら
トゥルーピーポーの没が確定しました。びっくりです。そしてそれに連なり醜宴、こんにちは(仮等の初期曲が9割がた没が確定しました。なんでこんなことになったかと言うと当時の気持ちが時間が経つにすれ薄れ音楽へと変換できなくなりました。色々パターンを考えたり参考となりそうな曲を漁ったり、歌詞をもう一度考え直そうとしたりしましたがどれも違う。当時の苦しみとはほど遠い。こんなもの出したって後々後悔します。自分の曲だから一番自分の心を抉ってくるはずなのにむず痒いなくらいです。それならばいっその事没にしてしまおうと思いました。ではここで成仏します。この曲のMV構成はすごく気に入ってました。映像全体に砂嵐のよなフィルターをかけ、イントロは下の映像をループで流そうと思ってました。黒い奴は人のような人でない気もする人のようなものです。
Xにも載っけたCGのがしゃしゃがサムネでした。
何もない砂場の真ん中にがしゃがしゃが一つあり、サビ前まではサムネの画像に少し動きをつけながら歌詞を左右にだし、サビでは先ほどの黒い奴がひゅるりと人魂から先ほどの形に変化するようにでてきてぐるぐるとがしゃがしゃを囲むように踊る予定でした。
踊ってはないけどハウルの動く城の荒れ地の魔女がまんだらけ人間に囲まれる場面みたいなイメージです。
そして最後にがしゃがしゃが回りきり一つ景品が出てくる。そんな感じで狂気的なMVになる予定でした。
この曲の根底にはXの居場所にも書いてるニヒリズム(虚無主義)があります。
この考え方を簡単にいうと「この世の物はどうせ無に帰る」というような考え方です。
一見寂しいようにも見えますが当時の自分は「何をするにしても正しい、合理的、誰に見られても恥ずかしくないようにしなければならない」という考えに盲信的になっており、失敗する自分は生きてる価値などないとまで考えてました。
この様に振舞うことはとても理想的ですが行き過ぎたが故に横断歩道に差し掛かる度に「飛び出してしまえば救われるのかも」という考えが浮かぶまでになってました。
その中でニヒリズムを知りどうせ何もかも無に帰るのならば失敗してもいい好きなように呑気に生きようと考えられ救われました。
この楽観的な感覚は「後先を考えられてない」だとか言われるかもしれませんが死が頭に過る程思い悩んでいるのであればいっその事楽観的になり踊った方がましです。
無理やり綺麗なものになろうとせず不細工でも醜くても卑怯でもそれが人間なんだと考えましょう。
あなたが綺麗だと思ってるあの人も醜いですし、私も醜い、あなたも醜いです。こんな綺麗ごとのような言葉は嫌いだけど完璧な人間なんぞいません。
こんな事が根幹にありこの曲を作っていました。もしよかったら頭の片隅に「ニヒリズム」という言葉だけでも入れておいて苦しく「死」までもが頭に過ってしまうほど悩んでいる時に少し調べてみてください。
もしかしたら私と同じように救われるかもしれません。それではまた。