物差し
2026.6.23
何か大きな物差しがどてんと仁王立ちしているとその物差しはこの世界の全てを、平等に間違える事なく計れてしまうものだとついつい勘違いしてしまう。 音楽という極々曖昧なものを無理に推し量る事を人間にさせる事自体無理なもんだ。コンセプトも狙った事も全く違う大量の音を一つの方向に対して秀でている、劣っているというのを決めるのは無茶苦茶だ。資本主義の性質状規模が大きくなればなるほど邪念がこびり付き物差しの表面は層を成していき、もとの大きさとも形とも異なり純粋なものではなくなってしまうのは言うまでもない。物差しとしての機能は果たさなくなってしまうのだ。だけども、それが新たな音の火種になる事もあるし発展を支える支柱の一つにも確実になる。乱暴な事を言ってしまえばその物差しの物を計る機能自体は全くメインの機能ではないのだ。この音よりもこの音の方が秀でている、劣っていると優劣を無理やり、大口叩きながら馬鹿みたいに言ってる姿を皆に見せる事がメインの機能であり、最大の機能なのだ。と思う。だから、大きな物差しであればあるほどそこからあぶれたものとそうでなかったものに大きな大きな差があるように勘違いしてしまいそうになるが、大してあてにできるほどその物差しは立派なものでもない。